「CAD上のシミュレーションでは完璧だったのに、実物にすると何かが違う」
板バネの設計に携わるエンジニアの方なら、一度はこのような経験があるのではないでしょうか。
規格品を選定できるコイルバネや、剛体として扱える板金部品とは異なり、板バネは「変形すること」が機能そのものである特殊なパーツです。そのため、カタログ選定ができず、都度ゼロベースでの設計が求められる難易度の高い部品と言えます。
本記事では、日々多くの試作相談を受ける「こだま製作所」が、「設計者の理論(CAD/CAE)」と「工場の現場知見(試作)」を掛け合わせ、最短ルートで理想の機能を実現するための設計プロセスを解説します。
1. CAD通りにいかない? 板バネ設計の「もどかしさ」の正体
最新の3D CADや解析ツール(CAE)が普及した今でも、板バネの設計はなかなか一筋縄ではいきません。
画面上では完璧な数値が出ていても、いざ実物を組み込んでみると「狙った通りの操作感にならない」「荷重が計算より少しズレる」……そんな経験はありませんか?
決して設計ミスではありません。
実はそのズレ、計算ソフトには入力しきれない「アナログな要因」がいたずらをしていることが多いのです。
- 固定部分の「あそび」: ビス止めやカシメ部分で起こる、ほんのわずかなガタつきや沈み込み。
- 摩擦(まさつ): バネが相手の部品と擦れながら動くときに生まれる、計算外の抵抗。
- 材料の厚みのバラつき: 同じ規格材でも、ロットによって生じる「コンマ数ミリ」の板厚差。
CADは「地図」、試作は「現地の確認」
だからといって、計算や解析が無駄なわけではありません。むしろ、CADデータは目的地を示す「地図(羅針盤)」として絶対に必要です。地図がなければ、どの方向へ進めばいいかすら分かりません。
私たちこだま製作所の役割は、設計者様が描いたその「地図」を頼りに、実際にその道を歩いて確かめる(試作・調整する)こと。
そうして、計算だけでは見えなかった穴を埋め、皆様をゴール(理想の機能)まで確実にガイドする。それが、私たちの考える板バネ設計の進め方です。
2. 確実性を高める設計フロー(理論 × 実装)
失敗のない板バネ設計は、デジタル(理論)とアナログ(実装)を行き来することで完成します。推奨する4つのステップをご紹介します。
2-1. ステップ1:構想設計とCADモデリング
まずは製品全体のレイアウトの中で、板バネに許容される「スペース」と求められる「機能(荷重・ストローク)」を定義します。
単純な形状であれば、片持ち梁の公式などを用いてアタリをつけますが、複雑な形状の場合は3D CADでのモデリングがスタートラインになります。

2-2. ステップ2:CAE(解析)の有効活用と「読み解き方」
現代の設計において、CAE(構造解析)は非常に強力なツールです。我々から見ても、以下の点における解析の実施は非常に有効です。
- 危険箇所の特定: 赤く表示される「応力集中部」を事前に把握し、形状変更で応力を分散させる。これが「折れないバネ」を作る第一歩です。
- 変位量の確認: 指定のストロークまで曲げた際、塑性変形(へたり)が起きないか、降伏点に対して安全率が確保できているかを確認します。
【現場からのアドバイス】
解析値はあくまで「理想状態(摩擦ゼロ・完全固定)」の数値です。実製品では摩擦等のロスが発生するため、設計公差には15〜20%程度の「余裕代(マージン)」を持たせておくと、後の手戻りが少なくなります。
2-3. ステップ3:材質・板厚の「現実的な選定」
CAD上では「厚さ0.23mm」といった任意の数値を設定できますが、現実の世界には「JIS規格」が存在します。
計算結果を尊重しつつ、入手性が良く品質が安定している市場流通材(例:t0.2、t0.25、t0.3)に落とし込む作業が必要です。
- 例:計算値がt0.23mmの場合 → 流通しているt0.25mmを選定し、その分バネ幅を少し細くして荷重を下げる等で調整する。
2-4. ステップ4:試作による「官能評価と最終調整」
ここからはこだま製作所の出番です。
数値だけでは判断できない「押し心地(クリック感)」や「挿入時の滑らかさ」といった要素は、実物を用いた官能評価(人の感覚による評価)でしか確認できません。設計者のこだわりを、金型レス試作による百分単位の微調整で形にします。
3. 設計品質をワンランク上げる「形状設計」のポイント
図面化の際、少しの工夫でバネの寿命や安定性は劇的に向上します。また、「製作リスク(加工トラブル)」を設計段階で回避することで、スムーズな量産移行が可能になります。
3-1. 応力集中を回避する「R(アール)」の作法
板バネ破損の原因の多くは、角部への応力集中です。
CAD解析で応力が高いと判定された箇所、特に「曲げの根元」や「外形の切り欠き部」には、必ず適切なR(アール)を設けてください。
ピンカド(直角)を避けるだけで、疲労強度は大きく向上し、設計通りの寿命を発揮できるようになります。
3-2. 安定した挙動を生む形状の工夫
バネの形状は、用途(押さえ、固定、導通など)によって最適解が異なります。
例えば、単純な長方形だけでなく、応力を均一にする台形や、固定を安定させるための特殊形状など、様々なアプローチがあります。Shutterstock詳しく見る
また、量産(プレス加工)を見据え、「バリ・ダレの方向」を図面で指示いただけると、相手材を傷つけないスムーズな組み付けが可能になります。
3-3. 「その形状、本当に作れますか?」加工限界の落とし穴
CADソフトは非常に優秀なので、どんな複雑な形状でも描けてしまいます。しかし、金属を曲げたり抜いたりする現実の加工には「物理的な限界」があります。
私たちこだま製作所でよく拝見する、「惜しい!ここを直せばもっと品質が安定するのに!」というポイントをご紹介します。
- 穴と曲げが近すぎる: 曲げ位置のすぐそばに穴があると、金属が伸びる影響で穴が楕円に変形してしまいます。「板厚の3倍程度は離す」あるいは「逃げ(切り欠き)を入れる」といった工夫により、精度を確保できます。
- 曲げの立ち上がりが短すぎる: L字に曲げる際、立ち上がり部分が短すぎると、金型や工具が掴めず、寸法が安定しません。一般的に、板厚の3〜4倍程度の長さを確保することが、確実な加工の条件となります。
- 複雑すぎる3次元曲面: お椀のような絞り形状や、複雑なひねりは、専用の「金型」がないと製作できません。試作段階では、「単純な曲げの組み合わせ」で再現できる形状に留めることが、設計の再現性を高め、トラブルを未然に防ぐコツです。
3-4. CADデータ連携のポイント
試作をご依頼いただく際は、DXFまたはSTEP形式のデータをご支給いただけるとスムーズです。特に3D形状(曲げが入った状態)と展開図(フラットな状態)の両方があると、より短納期での対応が可能になります。
4. 【材質選定】用途に合わせた最適解
環境や機能要件に合わせて、適切な材質を選定します。
4-1. 材質選びのフロー
- 環境条件は?
- 通常環境・室内 → 鉄系(要メッキ)またはステンレス
- 腐食・湿気あり → ステンレス
- 機能要件は?
- 通電が必要 → 銅合金
- 磁性を嫌う → 非磁性ステンレス または 銅合金
4-2. 主要材質の特徴
| 材質分類 | 代表鋼種 | 特徴 | 推奨用途 |
|---|---|---|---|
| ステンレス系 | SUS304-CSP | 最も一般的で汎用性が高い。耐食性・強度・品質のバランスが良い。 | 一般的な板バネ全般 |
| SUS301-CSP | 304よりバネ性が高く、ヘタリにくい。 | 高いバネ圧が必要な場合 | |
| 鉄系 | SK材 / リボン鋼 | 熱処理により硬度を高められる。防錆処理(メッキ)が必須。 | 強度が求められる量産部品 |
| 銅合金系 | りん青銅 / ベリリウム銅 | 導電性が高い。ベリリウム銅は強度・耐久性も最高クラス。 | 接点、スイッチ、コネクタ |
5. 試作検証(プロトタイピング)の賢い進め方
5-1. 「シミュレーションの余白」を埋める
前述の通り、CADシミュレーションは正解に近い値を出しますが、「摩擦係数の変化」や「組立時の微妙な公差の積み重ね」までは完全再現できません。
「計算は合っているはずなのに、実機だと少し硬い」といったズレを修正するのが試作の役割です。
5-2. 効率的な条件出し(板厚マトリクス)
試作を成功させるプロのコツは、「板厚違い」を同時に試すことです。
板バネの反発力は、板厚の3乗に比例します。つまり、板厚がわずかに変わるだけで性能が劇的に変化します。
設計値を基準(中心値)とし、上下1ランクの板厚(例:t0.25に対し、t0.2とt0.3)も合わせて試作することをお勧めします。これにより、再設計の手間を省き、一回の試作で「理想的な操作感」の正解にたどり着く確率が格段に上がります。
6. まとめ:設計者の「理論」とこだま製作所の「現場力」の融合
優れた板バネは、優れた設計データから生まれます。
しかし、そのデータを「使える部品」として完成させるには、材質の特性や加工の限界を知る現場の知恵が必要です。
- 設計者様: 理論、機能要件、CADデータの作成(地図を描く)
- こだま製作所: 材質提案、試作による実証、微調整(目的地へガイドする)
この両輪が噛み合うことで、難易度の高い板バネ設計もスムーズに進めることができます。
「解析結果は出たが、これで本当に良いか不安だ」「形状の微調整を相談したい」という段階から、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の設計意図を最大限に尊重し、具現化のサポートをいたします。
